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なぜデザインの価値は疑われるのか

2025.07.096分で読む

経営者や意思決定層の方々にとって、「デザイン=企業の売上に直結するもの」という認識は、まだ十分に浸透していないように感じます。本記事では、「デザインは本当に投資に値するのか?」と疑問を持つビジネスサイドの方々に向けて、その誤解を紐解きながら、デザインが企業の成長に欠かせない理由について解説していきます。

デザイン思考 vs ビジネス思考

デザインが企業成長を担うというイメージを持たれない理由は、デザインの効果を計算する際に、「KPI」や「ROI」のような定量的指標で測りづらく、経営層にとっては理解しにくい領域であるからだと考えています。

たとえば、“ビジネス的思考”と“デザイン的思考”の間には根本的な価値観のギャップが存在します。従来の“ビジネス的思考”では、自社利益の最大化を目的に、「リスクを排除し、過去データに基づき確実性の高い選択する」ことが基本的な考え方です。一方で、“デザイン的思考”では、ユーザーの満足度を最大化することを目指し、「たとえ儲からなくても、未知の可能性を探索する」というクリエイター的な発想です。そのため、合理性を重視するビジネス的思考の観点からは、デザイン的思考そのものが相反する非合理的な考え方に映るのかもしれません。

さらに、日本の多くの企業では、売上の中から予算を捻出している事情もあり、なるべく早く黒字化・利益化を常に求められる状況があります。こうした構造上、「赤字でも構わないからまずはユーザーを喜ばせる」といった発想にはなかなか振り切れない企業が多いでしょう。

このように、サービス設計の段階から“ビジネス的思考”が前提となっており、そもそもデザインやユーザーを起点に考えるという発想自体が存在していません。これこそが、デザインの価値を見失っている原因なのではないかと考えています。

デザインを企業の成長戦略の一部として活用するためには、まず経営層自身が“デザイン的思考”に積極的に向き合い、デザインを「コスト」としてではなく、「変動しうる戦略的資源」として捉える視点がなければ、その本質的な価値を引き出すことはできません。

デザイン経営という考え方

デザイン経営とは、前述の“デザイン的思考”に基づき、「デザイン」を経営の根幹に関わる戦略的資源として捉える考え方です。ここでいう「デザイン」とは見た目の話だけではなく、ユーザー体験(UX)やブランド戦略、コミュニケーション、組織のあり方、事業全体の設計、にまで関わる広義の概念を指します。

ユーザーの立場に立って丁寧にデザインされたものは、感情・体験・共感に深く訴えかけるため、自然と大きな反響を生む傾向があります。これらは、数値化や事前予測はできず、実際に試行錯誤を重ねる中で、徐々に見えてくるものです。そしてまさにこの、曖昧で複雑なプロセスを丁寧に掘り下げ、最適化していくことこそが、デザインの本質であると言えます。このプロセスに継続的に投資していくことで、顧客満足度の向上、ブランド価値の向上、そして中長期的な企業成長へと直結します。

この考え方を体現している代表的な企業がAppleです。Appleは、創業者スティーブ・ジョブズの時代から一貫して、「ユーザー体験(UX)」を最優先にした設計思想を経営の中心に据えてきました。単に高性能な製品をつくるだけでなく、「手に取った瞬間のワクワク感」や「操作の直感性」「箱を開けたときの高揚感」まで含めた、トータルな体験の質に徹底的にこだわっています。ここで注目すべきは、Appleがデザインを単なる装飾ではなく、事業戦略やブランド構築の根幹に置いているという点です。その結果、Appleがどのような規模の企業になったかは改めて説明するまでもないでしょう。

参考:
経済産業省・特許庁 産業競争⼒とデザインを考える研究会
第2回 企業経営におけるデザイン活用実態調査
経営におけるデザインの価値

最後に

日本は未だに「デザイン後進国」と呼ばれることが多く、デザイン経営が提唱されてから数年が経過した今でも、デザイン経営を自分事として真剣に取り組んでいる企業は少ない印象です。その結果として、デザインへの投資が十分に行われないことが、企業成長を阻害する大きい要因となっているのではないかと考えています。

事実として、日本企業は、高い技術力や豊かな文化的背景がありながらも、いずれもAppleをはじめとするデザイン経営を実現したグローバル企業の時価総額には遠く及びません。そして、国内でのデザイン経営の成果を見ても、顕著な成長を遂げている企業が確認されています。もしこの差が単なる「マインドセットの違い」だけで生まれているのだとすれば、あまりにも勿体ないことだと感じます。

特に、現代のビジネス環境では、昨年には存在しなかったような技術や職業が今年には当たり前の認識になっていたり、現代は人々の生活や価値観が急速に変化し続けています。こうした環境の中で、従来の“ビジネス的思考”による「過去データを元に確実な選択を導き出す」というアプローチは、もはや限界を迎えているのではないでしょうか。

デザイン経営とは、そうした従来の枠組みから一歩離れ、リスクを恐れず、未知の可能性や、試行錯誤に価値を見出す姿勢そのものです。時には「間違い」に対しても投資するという非合理的な考え方こそが、これからの企業に求められる「しなやかな競争力」であり、不確実性の高い時代を生き抜くための本質的な戦略だと言えます。